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2009年10月15日

36.永遠の日常(7)


 今年の札幌の1月は暖冬だと言われていたが、それでも例年並みには雪が降り積もっていた。
 新田は雪に埋もれた墓を掘り起こして、息をつきながら見つめていた。
「静かだな・・・。」そう言うとポケットからタバコを取り出し、100円ライターで火をつけた。
 札幌GPの翌年、あおいの心臓は再び大きく拡張を始めた。筋肉シートを何度も重ねて補強したが、心臓そのものの筋肉はどんどんやせ細っていき、自発的な収縮動作を困難にして行った。
「そもそも拡張型心筋症はその原因が未だに掴めていないんです。このような症状がでる事もスペンサー医師のこれまでの研究結果では観察されていませんでした。」札幌医大の担当医が口惜しそうに説明した。
「あとは・・・やはり心臓移植ですか?」新田は淡々と尋ねた。
「正直に言わせて頂きます。あおいちゃんの体力では、成功する可能性はほとんど無いと言わざるを得ません。」
 もちろん未成年者の脳死判定については一部法改正も進み、あおいでもドナーが現れれば日本国内でも手術を受けるチャンスが生まれていた。
「とにかく僅かなチャンスのためにも、準備だけは進めたいと思います。」新田は担当医師の目を見た。
 レースのある週だけは新田はチームに合流するが、それ以外は可能な限りあおいのそばに戻って来た。


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posted by 北乃 道晴 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 36.永遠の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

36.永遠の日常(8)


 あおいを元気付けながら、みくと共に国内、米国双方へのドナー提供者待機リストに登録し、プライベートジェットで所定の病院へあおいを連れて行く準備も整えた。
「今回だけは、俺のしたいようにやらせてくれ。あおいと別れるなんて考えたくないんだ。」新田はあおいに聞こえない小さな声で、みくにきっぱりと告げた。
「パパと一緒にアメリカへ行けるかもしれないのね?」青白く痩せ細ったあおいが、気持ちに後押しされて白い歯を見せた。
 しかしその2日後、あおいの心臓はゆっくりと動きを止めた。
 あおいの葬儀は近親者だけを集めて札幌市内で執り行ったが、それでもミッシェル、田村、フィオーレ関係者が忙しい中を駆けつけてくれた。
 常に気丈に振舞い続けてきたみくだったが、彼女もその半年後に突然倒れた。
 肝臓癌が見つかった時には全身に転移していて、みくの体はその年を越すことも出来ずに永遠の眠りへと就いた。
 あおいの看護をしていた時以上に、新田は可能な限りみくのそばに居て、さらに全ての介護を行った。結婚以来これほど穏やかに二人きりの時間を過ごしたことは無かった。
 新田は今思うと、立て続けに最愛の2人が新田を残して去って行った・・・その事実を目の当たりにしても、一瞬たりとも感情的にならなかった自分が不思議だった。
 それほどオレは冷淡な人間だったのか?と論理的に自分を責めることは度々あったが、それとは異なる感情は胸の奥底からは湧いてこなかった。
 真っ白な雪の平原の中に一人ぽつんと立ちすくみながら、頭だけを覗かせている墓石を見つめて、新田は深くタバコを吸った。


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posted by 北乃 道晴 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 36.永遠の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

36.永遠の日常(9)


 新田は霊園からジャパン・ビークルへと向かった。
 広いはずの駐車場には除雪の山が積み上げられていて、車を止める場所を探すのに手間取った。
「お、どうした急に?おめでとうさん。今年もよろしくな。」ガレージを通り掛かったモトハルが新田に気づいて声を掛けた。
「墓参りに行って来ました。」頭やコートから雪を払い落としながら、事務所に入ってのんびりコーヒーを飲んでいる柿崎に伝えた。
「あけましておめでとう。そういや、結婚しないで同棲始めたんだって?確か・・・あのバッグデザイナーの娘と。」柿崎がソファー横に置いてある石油ストーブに手をかざした。
「ええ、ルームシェアみたいなもんです。」
「子供作る気は無いのか?」不思議そうに柿崎が新田を見た。
「あおいとみくには報告してきましたけどね・・・。」
 少し間を置いて、新田は続けた。
「こんなに色んなことが続くと、気持ちの切り替えなんか出来ないんですよね。結論は、気持ちの切り替えなんかしたって意味が無いってことだった。全ては事実なんですから。逃げようったって逃げられるものは何も無い。」


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posted by 北乃 道晴 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 36.永遠の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする




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